イノブタ駆除の重大な意味

 「環境省、福島のイノシシ駆除へ 原発周辺で住宅荒す」―。東京電力福島第一原発事故で全ての住民が避難した原発周辺区域で今秋、環境省がイノシシ駆除に乗り出す。人の気配が消えた後、(イノシシ、イノブタ)が住宅や田畑を荒しているため、対策を取ることにした(朝日新聞 2013.9.6付)。どうもこの記事には重大な事実が隠されているような気がする。これから起こりうるであろう大変な事態を何とか事前にある程度は食い止めようとする次善策のような気がしてならない。そんな環境省の今年度新規事業の真相を明らかにしたい。

繁殖力はイノシシの5倍、年間20頭出産

 そもそもこの報道は読売新聞が今年初めに報道した記事の続報だ。「イノシシばっこの福島第一原発周辺、駆除へ」の見出しで、住民が避難した人里にイノシシが下りてきて民家を荒す被害が出たため、警戒区域内でイノシシを捕獲して殺処分する方針を固めた、として箱ワナを用いて100頭を捕獲して埋却する計画で、2013年度予算案に3,000万円を要求する(読売新聞 2113.1.11付)というものだ。さらに、警戒区域内では家畜だったブタが野生化し、イノシシと交雑してイノブタが発生するとみられている。環境省によると、イノブタの繁殖力はイノシシの約5倍で、年間20頭ほど出産するとされ、放置していると爆発的に増える可能性がある、と続く。

 警戒区域内の民家を荒すイノシシの大量駆除事業でありながら、同時にイノブタの駆除も兼ねているようなスタンスが垣間見えるような内容だ。警戒区域では家畜のブタが野生化してイノシシと交雑し、イノブタが発生しているという予測を踏まえての緊急対策とも受け取れる。イノブタは1年弱で出産可能な周年繁殖の家畜で、原発事故から2年半が経つ現在、交雑種が繁殖していてもおかしくは無い。因みに、福島県イノシシ保護管理計画(2010.10月作成)によると、福島県内には阿武隈川を境に阿武隈川以東と阿武隈川以西に合わせて約20,000頭のイノシシが生息。このうち阿武隈川以東の個体群は在来の個体群で、阿武隈川以西の個体群は近年急速に分布域を広げている個体群とされている。2006年度以降、狩猟と有害駆除を合わせて年間2,000頭余りが捕殺されている。

 読売記事の5日後には「福島原発周辺でイノブタ調査へ 逃げたブタとイノシシが交配か」(共同通信社 2013.1.16付)との報道が追いかける。立ち入り禁止区域では、豚舎から逃げたブタと野生のイノシシが交配して生まれたとみられるイノブタの目撃情報が相次いでいる。南相馬市では増えたイノブタやイノシシが農地を荒したケースもあり営農再開に支障がでてきた、として福島県が1月下旬から3月まで旧緊急時避難準備区域などに指定されていた南相馬市広野町、川内町、楢葉町飯舘村田村市の6市町村で実態調査を行うという。この記事にはイノブタの写真(2011.12月、福島県富岡町で撮影)が掲載された。

62頭中、11頭から欧州系統の家畜ブタの遺伝子

 調査をまとめた福島県の「帰還支援のための野生鳥獣実態調査結果について」によると、イノブタが弊害となる恐れがある避難指示解除準備区域等において、捕獲されたイノシシの遺伝子解析(mtDNA、核DNA)を行い、イノシシと家畜ブタとの交雑状況を調べた。その結果、母系遺伝が確認できるmtDNAの解析から3種類のハプロタイプを検出(n=62)。このうち広野村、楢葉町田村市の3市町の11検体(個体)で欧州系統の家畜ブタの遺伝子タイプSWB6が検出された。他の2つのハプロタイプ3J3 とJ10は在来イノシシの遺伝子タイプだった。核DNAの解析では、家畜ブタ由来の遺伝子 GPIP4 は検出されなかった。こうした結果から福島県では、SWB6と同じタイプの遺伝子は大震災以前から群馬県で捕獲された個体からも確認されており、大震災以前から当該地域に生息していた可能性が示唆される、として今回確認された家畜ブタ由来の遺伝子を持つ個体は、大震災後に逃走した家畜ブタと在来イノシシとが交雑して生まれた個体の可能性は低いと推察される、と結論付けた。これ自体おかしな理屈だが、朝日新聞連載の「プロメテウスの罠・イノシシ膨張:6」(8月25日付)の記事に添えられた写真には母親のイノブタと8頭の子どもたちが捉えられている。これらの子どもたちは大きさなどから今春生まれたものとみられる。地元猟友会のメンバーらの見解からもイノブタの繁殖はほぼ間違いない。福島県の見解は現場の実態を正しく反映しているとは言い難い。フィールドでのイノブタの繁殖という事実は、行政当局にとってはあまり公表したくない不都合な事実なのだろうか?
 
 福島県の調査結果では、今回確認されたイノブタは欧州系統の家畜ブタとしているが、新聞各社の報道ではイノブタが具体的にはどのような家畜種に由来するのかは、ほとんど触れられていない。この遺伝子タイプSWB6 をDDBJで検索するとSpanish wild boarとの結果が出た。するとSpanish wild boar≒Iberian pig の構図が考えられる。Iberian pigはIberia種100%純血もしくはこれにDuroc種を交配して作出された。純血種はオレイン酸を多く含み高級生ハムとして加工されている。2003年2月に輸入解禁となった。Duroc種はアメリカ東部原産の大型種(300〜380Kg)で、赤毛で耳が折れているのが特徴。肉に脂肪が混じる霜降りが肉が取れる。福島県富岡町で撮ったイノブタ朝日新聞の連載記事「プロメテウスの罠」のイノブタの2枚の写真は、丸みを帯びた体型や赤茶色の体毛、折れた耳など、Duroc種の形態的特徴とかなり一致している。

栃木県ではLandrase種の遺伝子を確認 

 福島県に隣接する栃木県では、イノシシは大きく県東部の八溝山地と県南西部の里山地帯に分布している。近年では急激に分布域を広げ、県北西部の日光山地、北部の高原山地、那須地方に分布域を拡大している。これまでに南西部と東部でmtDNAで解析された各個体からLandrase種の遺伝子タイプが検出されている。Landrase種はデンマークの在来種に大Yokshire種を交配した白色の大型種(250〜350Kg)。約半年で成長し、脂肪分が少なく赤身が多い肉は加工用に利用されている。茨城、栃木、福島の3県を南北に連なる阿武隈八溝山地をイノシシ地域個体群の連続した分布域とすると、今回浜通り警戒区域内に出没しているイノブタは、Spanish wild boar(Iberian pig)、Duroc種、Landrace種のいずれかの遺伝子タイプを持つ個体と考えられる。いずれの家畜ブタも成長が早く、周年繁殖が可能で、多産という特徴を持つことから、環境次第では急激な個体数の増加が懸念される。

 これまでの報道などを整理すると、大震災後、警戒区域周辺では豚舎から家畜ブタが逃げ出して野生化している。家畜ブタと野生イノシシとの交雑が問題化している。交雑種のイノブタがフィールドで繁殖している事実がある。大震災以前から福島県にはイノブタが生息していた―などが明らかとなっている。これらの事実などを基に、大震災前にはどれくらいの養豚業者があり、どういう種類の家畜ブタをどのくらい飼育していて、大震災後どれくらいの家畜ブタが豚舎から逃げ出して野生化したのかを把握すると同時に、周辺の野生イノシシの分布・個体数把握も含めて早急な対策を打つことが喫緊の課題だ。今回の環境省の緊急対策事業はその一環で行われるのだと思うが、イノブタ問題を回避せずに、イノブタ駆除はなぜ必要なのかをきちんと公表すべきだ。報道の側も現象だけを追うのではなく、イノブタ問題の本質を踏まえた報道をすべきである。

 環境省の今年度新規事業「警戒区域における鳥獣捕獲等緊急対策事業」の本当の目的は交雑種のイノブタの駆除にある。東電福島第一原発から20?圏内では、野放図な状況が今後も続く限り野生イノシシと家畜ブタとの交雑で生まれたイノブタ(F1)やイノブタ同士が交配して交雑種が益々増え続けていくことは素人でも容易に想像できるだろう。そこで苦肉の策として冒頭の見出しを建前としたイノシシ(イノブタ)の駆除に乗り出したものと推測される。イノブタ問題は放獣問題と絡んでこれまでにも環境省の特定鳥獣保護管理県東海の議題に上がっており、すでに広域的な問題となっている。が、なぜか研究者の間ではあまり問題として取り上げられていない。しかし、今回の福島県でのイノブタ問題は深刻さの度合いからいってもケタ違いにへヴィーな問題だ。大げさではなく種の絶滅につながりかねない重大な問題だ。イノブタ問題の本質は遺伝子汚染にある。在来のイノシシと家畜ブタが交雑して妊性を持つイノブタが生まれるということである。これらの交雑種が徐々に在来イノシシの遺伝子を汚染していき、ついには遺伝子レベルでイノシシは絶滅に追い込まれていく。

進む在来イノシシの遺伝子汚染

 計画では帰還困難区域や居住制限区域になっている浪江、双葉、大熊、富岡の4町で今月(2013.9月)中にも生息調査を開始。イノシシに発信器を付けるなどして行動を把握し、えさの少なくなる11月以降、70カ所程度わなを仕掛け、200頭の捕獲を目指す、としている。福島県鳥獣保護区位置図(平成24年度版)を見ると、東電福島第一原発から20?圏内は狭い海岸地帯と平野部を除いてほとんど山岳地帯に囲まれている。こうした地形に加えて現在人がほとんど居ないというイノシシ(イノブタ)にとっては絶好の生息環境の中で自由に採食生活を送っているのが現状だ。環境省が2011年11月から今年2013年1月にかけて調査したところ、原発j機個前は平野部や海岸部にはいなかったイノシシが(原発から20?圏内)全域に生息していたという。今回の事業は福島県イノブタ問題に手を付けたに過ぎないと思われるが、日本の固有種である在来イノシシの遺伝子汚染による絶滅だけは絶対に回避しなければならない。