イノシシとイノブタは同じ動物か?

 インターネットでツキノワグマの出没状況を検索していたら、イノシシについて間違った認識に基づいた文を発見した。ちょっと古い文なのだが、T県自然環境課が編集している鳥獣新聞第13号にイノシシ(野生動物)とイノブタ(家畜)についての一般向け解説が載っていた。それらの間違った認識は、研究スタンスの根幹を揺るがしかねない重要な問題を含んでいるので、思い切って私見を述べてみたい。

イノシシとイノブタはそれほど違わないのか…

 まず結論の部分から。「結論:イノシシとイノブタはそれほど違わない」としたうえで、「野外においてはイノシシとイノブタはそれほど違わず、繁殖力はほぼ同じと言えます。実際に捕獲されたイノシシの胎児数は、八溝地区と両毛地区で差がないことが分かっています。対策を行ううえでは、同じ動物と考えてよいでしょう」というものだ。この文は行政や研究者サイドのまったく都合のいい言い訳とも受け取れる。うがった見方をすれば、イノシシとイノブタを同列に扱うことで、行政にとっては狩猟や有害駆除の各施策が煩雑にならずに一本化できる。極端な話、イノブタ外来種としてみた場合には、全頭駆除の対象にさえなりかねない。これでは保護・管理の施策も頓挫しかねない。

イノブタは家畜であり国内外来種

 野生動物の研究者にとっては、あくまでも野生動物としてのイノシシの研究であるという面目が保てる。イノブタは家畜であり国内外来種として位置づけられるため、これらをイノシシと同列に扱って研究することはできないはずである。研究者らはイノシシ(イノブタ)個体群を研究していることになるが、イノブタのことは公然のように等閑にふされている。野生動物の研究者が実は家畜の研究を行っていたとは今更公言出来るはずがない。これまでの論文類もしかるべき筋の学会に提出、掲載されているのだから尚更だろう。「遺伝子の分析では、両毛地区での捕獲個体の一部から、ブタの系統が確認されています」と、家畜としてのイノブタの存在を認めているにもかかわらず「対策を行ううえでは同じ動物と考えてよい」というのは、まったくのご都合主義と言わざるを得ない。

イノシシは季節繁殖、イノブタは周年繁殖

 さらに「飼育下のブタやイノシシが年に何回も出産するのは、子供が乳離れする前に、親から引き離して人の手で育てているためです。…一度出産した個体でも、生まれる子供が事故などですべて死んだ場合には再び発情する可能性があります。…イノシシでも、ウリボウが全て捕獲されてしまえば、同じ年にもう一度出産することがあるようです」としているが、これこそが家畜としてのイノブタの生理・生態を言い当てていることに他ならない。「飼育下のブタやイノシシ」のイノシシはすでにイノブタなのかもしれない。イノシシは発情期が決まっているので飼育下でも発情期以外に発情するのは、特にオス個体では考えにくい、と畜産学の研究者は指摘している。

 通常、イノシシは秋から冬に交尾して春に出産する。この季節繁殖から外れて人為的に周年繁殖に改良されたのが家畜のイノブタである。「イノシシでも同じ年にもう一度出産する」というのは、関西地区のアーバン・イノブタ個体群での観察に基づく知見ではないかとみる研究者もいる。二度目の出産は「秋子」と呼ばれているが、大型野生動物イノシシが生息環境の厳しくなる秋に子供を生んで、エサの枯渇する冬場を母子で乗り切るというのは常識的には考えにくい。やはりこれは家畜のイノブタのことである。

イノシシとイノブタはもはや同じ動物ではない

 イノブタは家畜であり、本来はイノシシとはまったく別のフィールドでの研究対象となるが、現状ではイノシシ(イノブタを含む)=イノシシとしてカウントされ、データ化されている。が、四国や関西地区、東北地方などではmtDNAや核DNAの解析によってイノシシ地域個体群にイノブタ個体が混入し、遺伝子汚染が進みつつあるという報告がなされている。

 8月25日の朝日新聞の連載記事「プロメテウスの罠」に、でっぷりと丸みを帯びた体型に耳の垂れ下がった交雑種の写真=朝日新聞デジタル:写真・図版拡大 - ニュース=が掲載されている。この写真をとくとご覧いただきたい。イノシシとイノブタはもはや同じ動物ではない。