デュロック系イノブタか

 5月09日付の岐阜新聞HPに「巨大イノシシ撮った―」という記事が載っていた。岐阜県中津川市内の山林で体長2メートル近い「イノシシ」の姿を赤外線自動カメラで捉えたが、どうもこの個体は形態的特徴から家畜の「イノブタ」ではないかというニュースだ。

 一般の方々は、その写真を見て「えぇ〜、大きなイノシシだなぁ〜」ぐらいの認識で終わってしまうかもしれないが、このニュースは「山林」「イノシシ」「イノブタ」「遺伝学(DNA)解析」がキーワード。山林という自然環境に家畜のイノブタが生息する? という、本来はあってはならない事態(遺伝子汚染)を示唆している。

 新聞によると、写真を撮ったのは長年野生動物の生態を調べている岐阜県土岐市の三尾和廣さん(66)。この個体は、4月末の夜間に撮影されたもので、体長約1・8メートル、体重は150キロほどのオス。

 三尾さんは「鼻が短いなど体格がイノシシとは思えず、違和感を感じる。家畜ブタの遺伝子が入ったイノブタのようにも見える。県内でも在来種のイノシシに(ブタの)遺伝子が入り込んで入りのではないか」と形態的特徴などから推測。研究機関でのDNA解析などの詳しい調査の必要性を指摘している。

 岐阜県内に生息するイノシシの遺伝学的解析などの研究は、3年前から岐阜大学応用生物科学部附属野生動物管理学研究センターで行われており、これまでに「岐阜県内で捕獲された野生イノシシのマイクロサテライトDNA多型」(日本畜産学会第116回大会、2013・3・30)などの報告がある。

 同研究センターでは、野生イノシシによる農業被害の低減・解消に貢献することを目的に、岐阜県下の野生イノシシの遺伝的集団構造や、有害個体群の由来と分布域拡大のプロセスの解析を進めている。

 具体的には、齢査定、出生月の推定、形態異常の分析(歯数異常、歯周疾患)、マイクロサテライトDNAマーカーを用いたイノシシの遺伝的集団構造、イノシシに寄生するダニ相、ダニ媒介性疾病の病原体保有状況など。

 今回のニュースについて、同センターの森部絢嗣特任助教は、「確かに大きい個体だが、外見だけでは家畜ブタとの交配種イノブタと判断できない。これだけ大きな個体だと、頬の辺りの肉付きが良くなるため、相対的につぶれた顔になる」と説明。遺伝的根拠を持ったイノブタは、岐阜県内では見つかっていないとされているが、「『ブタが離された』という話は、(岐阜)県内各地で聞く。在来種のイノシシを守るため、今後も(岐阜)県内のイノシシの遺伝的解析調査を続けたい」と話している。

 一見極めて常識的な説明と思えるが、はたしてそうだろうか? 形態的にも遺伝的にも在来のイノシシはこんなに大きくなるのだろうか。通常二ホンイノシシの成獣は体重が70〜100キロとされている。写真の個体は大きさといい、鼻が詰まった形といい、むしろ北米のデュロック種に近いといえるかもしれない。

 森部助教の説明は、在来イノシシを想定した見解であり、「イノブタ」を想定してはいない。その一方でブタが離されたという話は「(岐阜)県内各地で聞く」といい、3年前から遺伝学的解析も進めている。「在来種のイノシシをまもるため」というのは明らかにイノブタによる遺伝子汚染を想定しており、ほぼイノブタはフィールドに生息しているらしいとの感触はかなり持っているのだと思われる。ちなみに森部助教は、哺乳類ではトガリネズミやモグラなどの小動物が専門。

 「イノブタ」問題は今や全国的にみられるものだが、行政機関の見解は(例えは悪いが)原発の汚染問題と同じように数値的には少なく少なく、小さく小さく見せようとしたがる裏事情が透けて見えるような気がしてならない。そもそも「イノブタ」は戦後、群馬と和歌山の両県の行政研究機関が作出して畜産農家などに普及させたという背景がある。この辺を衝かれるとやはりおおっぴらにはしたくないのかもしれない。加えて大学などのイノシシ等の研究者は野生動物という対象を研究している建前から、おのずと家畜のイノブタは排除される傾向がみてとれる。

 幸い同研究センターの共同研究は野生動物研究者に加えて畜産関係者やゲノム解析の専門家らのグループで構成されている。イノブタのニュースはいつも生半可に終わるのが常だが、状況証拠は全国的に積み重ねられつつあり、いつまでもお茶を濁してばかりではいられない。同センターにはプログレッシブな成果を期待したい。