その狭量さに呆れ返る

今朝、INで朝・毎・読を見ていたら毎日と読売が、それぞれがん研究についての興味深い記事を載せていた。

毎日には、既存の肝炎治療薬にがんの転移を抑制する効果がある、というもので、中山敬一・九大教授らのグループが、がんを転移しやすくするタンパク質を世界で初めて突き止めたと米医学誌・ジャーナル・オブ・クリニカル・インベスティゲーションに2日発表された研究がもとになっている。

読売の方は、野菜を多く食べる男性は少ない男性よりも、日本人に多い下部胃がんを発症する割合が低いという調査結果を独立行政法人国立がん研究センターが発表(昨年末)した、というものだ。

どちらも欧米の医学誌に発表されたものの報道だが、九大グループのものは(まあ多少の思惑はあるのだろうが)、アブストラクトはもちろん、本文(PDF)も無料で公開しているにも関わらず、がん研の方は大層な記者発表をしておきながら、アブストラクトしか見ることができない。本文の方は有料なのだ。これは全くおかしなことだ。ありていに言えば、国民の税金で運営されている国立機関ともあろうものが、広く国民の関心を集めそうな情報に対して、国民からお金を取って公開するというのはいかがなものか。本末転倒ではないのか。

生活習慣とがん発症との関係などについて、1988年から追跡している4つの大規模調査の参加者やく19万人を分析した結果だという。がんの部位別を分析した15万人では、下部胃がんで野菜を多く取った男性は少ない男性に比べて78%発症の危険性が下がったという。

こんな長い期間にわたって多くの人たちの協力を得て行った研究成果を有料で見せるとは何事かと、その狭量さに呆れかえる。確かにがん研のHPには要領よくまとまった日本語の研究概要とプレスリリースが載ってはいるのだが、やはりジャーナルに掲載された一次資料を読んでみたいというひとは少なからずいるに違いない。まして研究に個人情報を提供した多くの方々は尚更ではないのか。

言うまでもないが、情報は1次資料、2次資料、3次資料……の順に薄くなっていく。新聞各紙の情報は3次資料だ。忙しいジャーナリスト各氏がジャーナルに発表された原著論文だけで記事にまとめるということはまずあり得ない。がん研のプレスリリースをもとに、当事者に質問などして新聞記事としてまとめあげたものだ。要旨はつかめるのだが、やはり内容がやや薄いことは否めない。

原著論文をもとにしてまとめた概要版やプレスリリースは2次資料だ。原著論文だけが1次資料といえる。ここには今回の発見のすべての事実が記されている。国民病ともいえるがんの治療法や予防について関心のある人たちは研究者ではなくても、やはり1次資料にふれてみたいのではないだろうか。

繰り返すが、無償で提供を受けた数十万人の個人情報を利用して行った研究の成果は、やはり無償で国民に広く提供すべきだ。1次資料の原著論文は英文だが、だれでもが必要な時に無償で利用できるようにすべきである。がん研は国民のための組織・研究機関ではないか。なんともお寒い情報公開の現状の一端ではある。

新聞各紙にも一言。記事に引用する場合は、1次資料の出所はきちんと明らかにしてほしい。これがけっこうまちまちなのだ。ちなみにイギリスの国営放送は科学記事などはきちんと1次資料までたどれるようにリンクされている。この情報に対する国民性の違いはかなり大きい。