『空白の五マイル』を読む

  以前、新聞の書評を読んで気になっていた角幡唯介『空白の五マイル』(集英社)をブックオフでゲットした。最近、文庫化されたので買おうかと思っていたが、偶然ハードカバーが手に入った。帯付きのとても白っぽい本で、ちょっと得した気分になった。なにせ税込み108円。家に帰ると早速読み始めた。

 角幡氏は、1976年北海道芦別市生まれ。早大政経学部卒。探検部OB。朝日新聞記者を経て現在はノンフィクション作家・探検家。同書は、東ヒマラヤ、チベット最奥部にある世界最大のツァンポー峡谷を探検し「空白の五マイル」と呼ばれる人跡未踏のツアンポー川流域を2002〜2003年、2009年に単独行を含めて踏破したノンフィクションだ。同作品で開高健ノンフィクション賞、大宅壮一ノンフィクション賞梅棹忠夫・山と探検文学賞三賞を受賞している。

 ヤル・ツアンポー大峡谷はヒマラヤの探検史に必ず出てくる地理的な秘境である。1800年代から英国印度測量局パンディッド(地元民を使った探検スパイ)を派遣して大峡谷内部を探検させるが成功しない。英国の探検家F・M・ベイリーやF・K・ウオードも、最奥にあるといわれる幻の滝を見つけようと目指すが、結局、地形が険しすぎて、1990年代まで誰もそこまで到達できなかった(ホトケの顔も三度まで、角幡唯介のブログ)。

 角幡氏は文献を猟歩し、偵察旅行を重ね、着々と準備を進めていく。朝日新聞社を辞めて単身でツアンポー峡谷に向かい、残された地図上の空白部を明らかにしていく。過去に挑んだ探検家たちのエピソードがいかに過酷で困難な探検であるか。己の死と真っ向から向き合いながらクライマックスを迎える探検は想像を絶するものだ。

 冬の峡谷に分け入り24日。食料が底をつき体は衰弱していく。カモシカなどの動物の描写が少し出てくるが、現地では食べられる動植物は調達できなかったのだろうか? 服部文祥氏のサバイバル本などを読んだ者にとって何とかならなかったのかと少し疑問が湧いた。

エピローグ。『「べユルという意味を知っているか」と彼は言った。「隠された秘密の場所という意味だ。物質的に何かがあるわけではない。本当の信仰心がないと、そこに行っても何も見えないのだ。お前がべユルに到達しても、何かが見つかるかどうかは分からない」』という会話が出てくるが、何故か私にはこれが隠れた主題のように思われた。

[関連本]
F・キングドン=ウォード『ツアンポー峡谷の謎』岩波文庫、2000
F・キングドン=ウォード『植物巡礼』岩波文庫、1999
金子民雄『東ヒマラヤ探検史」連合出版、1993
R・A・スタン『チベットの文化』岩波書店、1971
山口瑞鳳チベット 上・下』東大出版会、1987、1988
Baker,Ian;The Heart of the World:AJourney to the Last Secret Place.The Penguin Press,2004