鞍掛山に登る

 






 



 宇都宮市の北西部、県立自然公園エリアに位置する鞍掛山(492.4m)は、山岳信仰の山であった。国道293号から鞍掛林道に分け入ると、一の鳥居、二の鳥居、鞍掛神社が並び、山容全体が信仰の対象であったことを体感する。今回は、そんな修験道の信仰の山を訪ねた。

 鞍掛山は、宇都宮市新里町と日光市猪倉町を東西に結ぶ県道22号(通称・新里街道)の鞍掛峠を貫く鞍掛トンネル(938m、1997年開通)の南側に位置。平坦な山頂部の細尾根が約500mにわたり、その馬の鞍のような形から鞍掛山と呼ばれる。麓の鞍掛神社は雨期に現れる滝と洞窟とされ、鞍掛山自体が自然崇拝の対象であったことが分かる。山頂尾根の西端部には奥の宮があり、小さな祠が祀られている。

 鞍掛山の登山ハイキングは、国道293号から鞍掛神社を経る表参道コースが一般的。かつては鞍掛峠から登るコースもあったが、鞍掛トンネルの開通によって峠越えしていた旧道が廃道になったため峠からのコースはほとんど使われていない。市境の峠には男性性器を素朴に象った道祖神が祀ってある。ネット情報では、この荒れた旧道が今では心霊スポットの一つとして紹介されている。

 今回は表参道コースを歩いた。鞍掛林道入り口の案内板を過ぎると二の鳥居手前に鞍掛山登山道の案内板がある。ここで概略をつかんでさらに進む。右手の沢伝いにしばらくスギ・ヒノキ植林地帯を歩く。足元はザレ場。時折、コアジサイが可憐な花を咲かせていた。落葉広葉樹林帯に入ると右手の岩盤に双体神(両方とも首から上が無く、岩石で挿げ替えてあった)が祀ってあった。この裏手に滝がある。これが御神体なのだろうか? 設置されたロープを使い沢伝いに進む。

 メジロヤマガラ、コガラ、オオルリの声が谷間に響き渡る。用意した7倍双眼鏡で見渡すと、枯れ枝に止まるオオルリのつがいを発見した。『フィールドガイド・日本の野鳥』には「特に渓流沿いの林を好む。巣の近くに人が近付くとメスもさえずりに似た声を出す」という記述があるが、まさに眼前の光景はこの状況。約50cmの間隔で雌雄が枝先に止まっており、メスも威嚇の声を発しているようだ。オスのような長いさえずり声ではなく(表現が難しいが)単調な声だった。

 最初にメスが枝先にとまって威嚇声を発していたので双眼鏡で声の方を覗くと、何やら茶色っぽいスズメより少し大きな目の丸い鳥が鳴いている。するともう一羽が飛んできて、茶色っぽい鳥の近くの枝に止まった。良く良く見るとなんとオオリリのオス。薄暗いので瑠璃色は良く見えなかったが、顔の下半分から首から胸にかけての黒が特に目立つ。明らかにさんざん図鑑で見慣れていたオオルリのオスであった。双眼鏡でこんなに長く(約1分)捉えたのは初めてだった。それも雌雄を一緒に見たのも初めてだった。威嚇の声をあげていたとすると、付近に巣を構えて子育てをしていたつがいだったのかもしれない。こんな幸運に出くわすことはもう二度と有りえないだろう。一期一会。

やがて分岐点に到着。ここで鎖の急登の岩コースとやや急ではあるが岩コースよりは登りやすい尾根コースに分かれる。迷わず右手の尾根コースを進む。コナラ、アカマツ、ブナ、ヤマザクラ、カシワなどが目立ってきた。20分位で大岩に着く。ようやく展望が開け古賀志方面の山々が身近に迫る。褶曲した層がくねる岩が点在していた。そんな岩の上にはテンとおぼしき褐色の糞(長さ10cm、太さ1cm)などがみられた。アカマツの根元などにはリスやムササビが食べた松ぼっくりの食べカス(エビフライ)があちこちに落ちていた。東の空から「ピーヒョロ、ピーヒョロ」とトビの鳴き声、谷間からは「特許許可局、特許許可局」とホトトギスの鳴き声が響いていた。まさに初夏である。

 鞍掛山山頂には三等三角点が打ってあった。落葉広葉樹が生い茂り、展望は余り利かなかった。山頂部の西の奥の院を周り、岩コースを下山。かなりの急傾斜。45〜50度はあるだろう。いきなり鎖が張り巡らされている。鉄製の鎖はけっこう錆ついていて、鎖をつなく支柱が倒れている処が何ヵ所かあった。そろそろ再整備が必要かもしれない。下から60〜70代と思われるハイカーが一人で登ってきた。ガレ場なので立ち止まり待っていた。「こんにちは。ここはきついね」とすれ違いざまにあいさつするので、「こんにちは。この先あと30mはありますよ」というと、大粒の汗を浮かべてゆがんだ顔がさらに不快な表情に変わった。

 頭上をエナガ、ヒガラ、シジュウカラの混群が木々を渡っていく。急傾斜のザレ場にスギ・ヒノキの植林地対が広がり、戦後の拡大造林のすさまじさを彷彿させた。これでは間伐や間引きなど手入れがままならない。雪の重みで大きく折れ曲がったり幹が裂けたスギが点在する今年2月の記録的な豪雪のつめ跡がみられた。「わが国の暖帯林の北限に当たり、ヤマツバキ、アラカシなどが自生する」(角川日本地名大辞典 9 栃木県)とされているが、確認はできなかった。植林帯には神棚に供えるヒサカキが多くみられた。岩コース区間などのガレ場を除けば比較的歩きやすいコースだ。