とかいなかにもトマブーム

昨春フランスで出版され、年末に日本で翻訳本が出版されるや否や一大ブームを巻き起こしたトマ・ピケティ『21世紀の資本』(みすず書房)。私の住むとかいなかでも、各地の公立図書館では予約の殺到状況が続いている。ここまでブームを巻き起こした経済学専門書は近年でも皆無ではないか? わがとかいなかでのトマ・ピケティ現象を分析してみた。

「富が公平に分配されないことによって、社会や経済が不安定となるということを主題に、この格差を是正するために、富裕税を、それも世界的に導入することを提案している」(ウィキペディア)。これが大方の主題らしい。

格差問題にあえいでいる日本社会にぴったりの主題ではないか。数年前に小林多喜二の『蟹工船』という初期プロレタリア文学の小説がプチブームになって、新潮文庫岩波文庫がやや売れたようだが、「未組織労働者の覚醒」とまでは深く掘り下げられたとはいえず、あっという間に単なる短いブームに終わってしまった。

まあそれはともかく。今回の『21世紀の資本』は一応、A5判、本文608ページに、索引・原注・図表を合わせて98ページの大部な専門書。著者はフランスの新進気鋭(40代)の経済史研究者という。とにかく18〜19世紀あたりから20世紀までの統計データを縦横に駆使して経済現象(格差の歴史)を科学的に分析しているらしい。

詳しい内容については各自が本書と格闘してもらうことにして、ここでは、我がとかいなかのトマブームの直感的にみていきたい。

私が『21世紀の資本』を知ったのは昨年末のことだった。新聞の記事か書評か何かだったと思う。アメリカで半年の間に50万部が売れたという触れ込みだったと思う。さっそくネットでNTを見てみると、確かに書評欄を中心にいくつか記事が掲載されていた。

そうこうするうちに師走に差し掛かると日本でもあちこちのメディアでこの話題を取り上げるようになり、現代思想などでは特集号を組んだりしていた。解説本の類も続々出版される状況になっていた。そこに12月18日(奥付)、みすず書房からアメリカ版からの翻訳による『21世紀の資本』が出版された。

こうした状況を知ってか知らずか、我がとかいなかの各地の公立図書館でもにわかに『21世紀の資本』を蔵書に加えられるようになってきた。はじめのうちは人口10万程度の自治体で揃え始めた本だったが、1か月もしないうちに県内のほぼ8割の公立図書館がこの専門書を買い揃えていった。

それにつれて予約数もうなぎのぼり。県都の公立図書館では今月半ばには何と80件あまりもの貸し出しの予約が殺到した。蔵書は2冊だから、現時点で最後の予約の方はざっと20か月待ちの状態だ。順当にいって1年8カ月待ち。おそらくラグタイムがあるからこの先2年余り待ちということになるだろう。予約した読者はブームの今読みたいのが心情だろうに、2年後にさあ読んでくださいと分厚い本を渡されてもモチベーションは当の昔に失せているのではないのだろうか? それでもこの80人余りの予約者はきちんと順番を待って1年後、2年後に読もうという気になるのだろうか? 

いやいやそれもあやしいものだ。予約殺到の背景は、活字メディアがあおって「トマ・ブーム」を作っているもので、そう長くは続かないことが十分に予想される。なにせ専門書なのだ。やすやすと読みこなせる類のものではない。たしか'70年代(古いなぁ)にJ・K・ガルブレイスの『不確実性の時代』(TBSブリタニカという本がベストセラーとなったが、これは経済学書といっても一般書の部類に入る本だった。が、今回の『21世紀の資本』ははるかに専門性が強い。いくらブームとはいえこのての本を真面目に読み込もうというのは研究者・学生・教養人・etc…、ぐらいなものだろう。読書人口のほんのひとにぎり。そんなとこだ。それでいいのだ。

ついでに思い出したことを言えば、'80年代にもどこかの旧帝国大学の生協で廣松渉『存在と意味』(岩波書店がプチベストセラーになった。マルクス主義哲学が売れるなんていい時代でしたね。朝日ジャーナルが最後の光芒を放っていた時期でもありましたね。これ以後、短いニューアカブームはあったものの、硬い本はほとんど活字メディアには上がってこなかった。そんなわけで『21世紀の資本』は本当に久々のホットな話題と言える。マスコミによく登場する各種評論家諸氏のワケ知り顔のコメントや薄っぺらなハウツー本には食傷気味の大衆が久々に本気で読む気にさせた一冊と言える。わたしもまあその口だ。

話をわが県都の公立図書館の80件余りの予約状況に戻せば、この特異な現象は。少なからずトマ・ブームの局地的な縮図のように思える。所詮はブームなのだ。本当に日本人は群れたがり、熱しやすく冷めやすい。自分でも恥ずかしくなるが仕方がない。性なのだ。願わくば図書館側で特別予算を組み、蔵書を増やすかなんなりして対応すれば、この加熱状況は幾分緩和するだろう。

以前ある公立図書館の書庫を拝見させてもらったことがあるが、人気作家の同じ本が10冊ほど並んでいるのを目にした。ベストセラーになった本だったが、ブームが過ぎればこのありさまなのだ。庶民の税金は、いいのか悪いのかは一概には判断できないが、一時的なブームのために公立図書館ではこのように使われているのだ。

さてトマブームはいつまで続くのだろうか?